広島県の住宅のメンテナンスにやってきました。
私も事務所に入る前に完成した家なので
写真でしか、その存在を知らない家です。
そんな大角の初期のころの家がたくさんあるのですが
丁度、築20年から30年ほどになり、
世代交代で、親から子供世帯にバトンをつなぐべく
リフレッシュ工事の依頼が結構あり、出かけて行ってます。
今回は一部雨漏りがおき始めた場所の点検や、
漆喰の汚れや剥離などの傷みの対処、
建具の不調等々についての相談でした。
行ってみていつも思うことがあります。
それは「楽しそうに住んでいる」という事です。
ゆあさくんね、「この家は○○いいこともあるけど、△△は大変なのよ~。」と
住まい手は朗らかにおっしゃられます。
その言葉の端々には「どうだ、この家をすみこなしてやったぞ~っ!」という
長年の冒険を楽しむ船長のような、どっしりとした風格を感じます。
その感じを受けるたびに、設計者としては
とても嬉しく、いつも「参りました」と感服しています。
この家の玄関を見ると、「一日と数時間」のスパンで考えることと
「三十年」のスパンで考える設計の思考の重要性を感じます。
忙しい現代は、とかく「機能性・合理性」を求められます。
それらは「一日と数時間」のスパンではとてもフィットする設計となります。
でも、今日見た家はもう一つの
「三十年」のスパンで考える設計の思考が潜んでいると感じました。
それは「機能性・合理性と別に「「楽しみ」」が家にひそむ、設計の、チカラです。
設計者が如何に勇気をもって、「住まい手の楽しみ」を
デザインして行けるか。
それが、とても大切になるのだなと感じた一日でした。
ゆあさ