小さな城下町の片隅にある
ちいさな蔵を直しています。
城下町の片隅故に
道も狭く、工事がお世辞にもしやすい環境ではありません。
一部蔵の老朽化により
漆喰が剥落し、建物周辺へ落下物がとびちると危険な為に
修理を必要とされていました。
現状はこの蔵はただ倉庫として使用されていただけですから
わざわざちゃんと直す必要もないかと施主さんは考えたそうですが
「それではなんとなく寂しい」と思い直され、
知り合いの左官職人に頼まれてたそうです。
ですが待てど暮らせど工事を待たされたある日
頼んでいた左官職人の方から
「出来ない」とお断りされ困っておられました。
その後に、まわりまわって大角設計に相談頂きました。
意匠的に凝った蔵に改修する訳ではないため
最低限の図面を描いて、小回りの効く工務店に相談に乗ってもらいました。
現在無事にほぼ改修が完了している段階です。
設計事務所が本格的に関われない
ちょっとした改修でも、
ほんの僅かでも図面がある、設計監理が入る事には意味があります。
小さな仕事ですが、この蔵を「ちゃんと」残すために必要な事です。
「ちゃんと」残すとは、人それぞれの感覚的なことばなので
抽象的ですが、「後世のひとに愛されるものとして直す」という意味と同じです。
改修というと現在の問題点の解決するための工事を指しますが
設計事務所的に考えると「現在」だけに注目するのではなく
昔から残ってきた意味「過去」の時間。
剥離による損傷回復させる「現在」の時間。
そして回復後に町にどういう姿で残すかの「未来」の時間。
その「過去」ー「現在」ー「未来」の時間を丁寧に結ぶ作業が =「ちゃんと」残す。
そう考えています。
適当に補修し、適度に体裁を整えることでも建物はのこりますが
その結果として、その建物が「町並み」に寄与する建物には成長しません。
経済的な問題のなかで、如何に工事費を分配し
効果的(機能的にも意匠的にも)な工事が出来るかの配慮は実際に工事に入る人ではなくて
第三者的な専門性をもった設計事務所が受け持てるのであれば
受け持った方が良いのではないかと思いました。
ちいさな仕事ですが、
このまちに、ちいさな財産がのこって良かったなと思っています。
ゆあさ