この建物は国営の追悼・祈念施設です。
設計者は内藤廣さん。
大角設計の建物にも何度かお越しいただいた方です。
ご縁がある方の設計した建物であり、
東北で設計している身としては、やはり避けては通れない建物だろうと
完成を聞いて以来ずっと思っていましたが
この度ようやく打ち合わせとフライトの合間を縫って
見にいくことができました。
建物中央がぽっかりと空いており
凪いだ水盤に海風が漂うとサワサワと欅の影を揺らします。
そのまままっすぐと視線は道筋に沿ってまっすぐ抜けていき
最後はゆっくりと上昇してゆくグランドレベルに沿って
空へと導かれます。
物言わぬ建物に自然と歩みを導かれどんどん進んでいきます。
行き止まりに来ると
ふわっと
視界がぐるりと広がります。
突然に広い、静かな海と対峙します。
あの日、どんなことがあったかも、全くわからない私のような来訪者に
静かに、確かに、語りかけてくる、この建物の大切な場所です。
ここからは、変わらない海と。山と。
失われた松林と。
これからの生活を守りたいという凄まじい執念を感じる
延々と半島を突き刺し伸び続ける防潮堤を眺めることができます。
生きるとは。
亡くなるとは。
残されるとは。
残すとは。
過去とは。
未来とは。
祈りを潮騒と浜風が心を震わせ透明にしていく感じがします。
答えは、今はまだ、存在しないのだと言わんばかりに。
帰り際今来た道を海側から建物の方に向かって戻る時
そこには高さを極限まで抑えた、
その光景をぼんやり眺めてしばらくすると、
朧げながらですが、少し分かった気がしました。
設計者が本当に見せたかったのはこの風景ではなかろうか。と。
先ほどの風景を心に留めた上で、立ちあがろうとする陸前高田の人々の挑戦する姿と
それをあの日の前からずっと変わらず支えて包み込んでくれる美しい山並みを。
だからこそ、この建物の意匠からは
「静かさ」や
建築家のエゴとは無縁の控えめで、丁寧さを感じられるのだろうと思いますし
そうでなければ、この建物はいけないのだと思います。
今はまだ外構工事などが残されている段階なので、いつか再びこの地を
訪れた時に、改めて東日本大震災に思いを重ねたいと思います。
私たち大角設計室も初めて東北を訪れた日から
東北の復興に微力ながらも関わりたいとの思いで、
多くのプロジェクトに参加さしてもらっています。
だからこそ、改めて自分の設計者としての立ち位置を考えさせられた1日となりました。
ゆあさ