設計者は監理しにノコノコ現場に行く訳ですが
それらの労力は、施主にはほとんど実感として現れるモノではありません。
一体何をしにきているのか分からない事が
ほとんどだと思います。
今日はそのことについての話です。
工事を登山に喩えてみましょう。
工事の完成は山の頂上に到達する事ですが
ルートは色々あるわけです。
景色がいい道もあれば、
険しいけれど崖をのぼるコースもあります。但し技術が必要です。
登山者の一人が怪我をするアクシデントがあると
ルートの変更を余儀なくされるかも知れません。
家づくりも同じで、
各工務店によって得意な作り方
使いやすい製品、手に入りやすい材料の諸条件がいろいろ異なります。
工事後に要望の変化で、設計変更が必要になるときもあるでしょう。
それらを吟味して、無数の数えきれない
完成時には壁の中に埋もれてしまう、
最終判断や決定を繰り返すのが設計事務所の役割です。
この「見えない設計」こそ施主の方は実感できませんが
いい家を創るうえで、一番大事な設計者の役割だと思います。
施工者だけだと、なかなか上手くいきません。
なぜなら
「見えなくなる」→「そんなにがんばらなくてよい」
と短絡的に考えがちだからです。
そうではなくて
大切なのは「隠される部分は全体の中でどういう意味をもっているか」
考えることです。
設計される意図を見えない箇所まで
いきとどかせる事が出来るかが肝心です。
設計事務所が行う
「設計監理」という業務は、設計図どおりのものが
出来ているかどうかをチェックすること。
しかしそれは、単に図面との整合性を
四角四面に判定するのでは決してありません。
建築家がかかわった建物というのは
設計理念(コンセプト)と呼ばれるものが
必ずあります。
さまざなま判断をしないと行けない局面に
この理念があるかどうかで、
最後の目的地まで、現場が柔軟且つブレずに
辿り着く事が可能になります。
現場には完成時には、仕上材に隠されて見えなくなる箇所が多々あります。
壁の中にあるいは床の中に隠れてしまう見えないけど、
設計者のこだわりや喜び
さらには職人の苦労、苦労、苦労とプライドが沢山ツマッテいます。
そんな現場が良い現場だと思います。
ゆあさ
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